コラム
Vol.9油のバイオレメディエーションにおける微生物の活性化 ~バイオカタリスト(生体触媒)~
1. はじめに -バイオレメディエーションにおける律速因子と酸素供給-
油汚染土壌・地下水の浄化手法として、バイオレメディエーションは低コストであり、持続可能な、環境に優しいアプローチとして注目されている。
油のバイオレメディエーションでは、適切な微生物が存在し、それらの微生物が分解対象物質(油)と接触することが最低条件で、尚且つ、微生物は水に溶けた酸素、栄養(窒素、リン、カリ)を必要とする(図-1)。
図-1
油の分解は酸化分解であり、好気的環境が望ましく、酸素供給が律速因子とならないように環境を整える必要がある。(理論的には、例えば油類の一種であるベンゼン1kgの微生物分解に必要とされる酸素量は約3kgである。)
そこで我々は、微生物活性を高めるため、“酸素供給”に着目し、酸素徐放剤とバイオカタリスト(生体触媒)が微生物を活性化できるか否か、室内試験で検討を行った。
【酸素徐放剤】
酸素徐放剤には、マグネシウム系、カルシウム系等がある。いずれもpHがアルカリである点に注意が必要となる。本試験で使用した酸素徐放剤は、過酸化カルシウム、水酸化カルシウム、硫酸カルシウム二水和物で構成され、過酸化カルシウムの含有量が30%前後の非危険物製品である。
【バイオカタリスト(生体触媒)】
自然由来の有機物から精製される酸素が豊富な水で、微生物活性を高めることができる。バイオカタリストは、水中から酸素を放出するわけでも、水面から酸素を取り込むわけでもない。触媒作用により、水分子から酸素原子を引き離すと同時に、酸素が微生物の細胞表面に取り込まれる。生体触媒中の酸素は遊離型ではないため、溶存酸素として測定することはできない。
2. 室内試験概要
使用した酸素徐放剤はカルシム系で、アルカリの材料である。pHは微生物に対して影響因子であり、極端な酸性やアルカリは微生物の至適範囲から外れてしまう。そこで、事前に、酸素徐放剤添加によるpH、溶存酸素量の変化を調べた(以下、事前試験)。
その結果より、酸素徐放剤の使用量を決定し、軽油による微生物の培養試験を行った(以下、培養試験)。
培養試験では、pH、溶存酸素量、全微生物数を測定し、最後に油膜を観察した。微生物の活性化については、全微生物数の結果と油膜の状態により、評価を行うこととした。
【事前試験の試験方法】
1 L容のガラス製ビーカーに水道水1 Lを入れ、5分間静置した後にpH、溶存酸素量を測定した。
①に必須元素水溶液(10倍希釈液)5ml、栄養剤2.0g、複合バイオ製剤「テラザイム」(以下、テラザイム)2.0gを添加、軽く撹拌して5分間静置した後にpH、溶存酸素量を測定した。
②に酸素徐放剤5gを添加、軽く撹拌して5分間静置した後にpH、溶存酸素量を測定した。
③をpHが0を超えるまで繰り返した。
【培養試験の試験方法】
試験系列および材料使用量を表-1に示す。
表-1
500ml容のガラス製ビーカーにテラザイムを入れ、ここに軽油を垂らし、スパーテルで混合してよく馴染ませた。
試験ケースに応じて、水道水もしくはカタリストを添加、油を染み込ませたテラザイムを懸濁させた。
必須元素水溶液、栄養剤、酸素徐放剤を加えて、スターラーで撹拌しながら初期値となる試料を採取して全微生物数の測定に供した。
③のスターラー撹拌を停止して5分間静置後、pH、溶存酸素量を測定した。
④の測定後、ビーカーをラップで封をし、スターラー養生を開始した。
1日後、3日後、5日後に④、⑤の手順同様、試料採取と測定を行った。
3. 試験結果
3-1.事前試験の結果
図-2、3に示すとおり、水道水1 Lに対し酸素徐放剤3.0gを添加したところでpHが9.0を超えた。そこで、培養試験に使用する酸素徐放剤は、3.0 g/Lと、その半分となる1.5 g/Lの2系列を設定した。
図-2、図-3
3-2.培養試験の結果
pHと溶存酸素量の測定結果を表-2に示す。
酸素徐放剤を添加した系列③、④は、試験日数が経つにつれて、pHが上昇した。3.0 g/L添加した系列④は、5日後にはpHが10.0を超えている。溶存酸素量は、系列①、②と比較して、酸素徐放剤を添加した系列③、④の方が高かったものの、その量は2倍には満たなかった。
表-2
全微生物数の測定結果を表-3、図-4に示す。最も顕著な微生物の増殖が認められたのは、水道水ではなくカタリストで培養した系列②であった。1日後には約8.8倍、3日後には100倍近くまで増加しており、水道水を使用した系列①と比較すると、微生物の増殖速度は10倍速かった。系列②の微生物の増殖が3日以降緩やかになっているが、これは軽油が分解されてしまったからだと考える。
一方で、酸素徐放剤を添加した系列③、④は微生物の増殖が認められず、減少していく結果となった。系列③は、5日後に原液0.1mlをn=3測定した結果、1 cellも観察できなかったため、0 cells/mlとしている。
表-3
図-4
5日後の各項目測定後、ビーカー内水面について油膜の観察を行った(系列①~④)。
4. 考察
培養試験の結果より、最も微生物の活性が高かったのは、全微生物数の結果からも、速やかに油が分解され油膜が消失した結果からも、系列②のカタリストであった。系列②の溶存酸素量は、試験開始後他の系列よりも少なかったが、全微生物数が他の系列よりも多かった結果、溶存酸素量の消費が多かったと考える。
溶存酸素を供給する役割を担う酸素徐放剤は、添加量が増えると伴にpHが上昇、微生物の至適範囲を超えてしまうため、pHを考慮すると、他の系列よりも圧倒的優位となるような溶存酸素量を確保することはできなかった。酸素徐放剤を添加した2系列は、微生物数が顕著に減少したが、その原因は、pHの影響、酸素徐放剤に含まれる硫酸カルシウム二水和物の影響等が考えられるが、本試験から原因を突き止めるには至っていない。
系列①のブランクは、系列②と比較すると、微生物の増殖、油の分解に時間を要しているものの、十分な微生物活性はあると言える。
5. 最後に
油のバイオレメディエーションにおいて、微生物の活性を高めることは、浄化のスピード、確実性を高めることにつながる。今回の室内試験の結果より、微生物活性を高める一つの方法として、バイオカタリストが有効であることが示された。バイオカタリストは微生物の増殖を助ける環境を作り出し、微生物の増加による酸素の枯渇を防ぐ。pHに大きな変化をもたらすこともない。
油のバイオレメディエーションは、低コストであり、環境に優しい浄化工法である。そもそも日本には油に対する規制がないのであるが、油臭・油膜を消すのでさえ、工期を懸念し、掘削除去、石灰混合等、環境への負荷が高く、高コストである工法が採用される現実がある。バイオカタリストを用いたバイオレメディエーションが、この現実に一石を投じることができれば、環境後進国から脱却できる道筋が見えるのではないだろうか。